文化財について

新羅之記録(個人蔵)

北海道指定有形文化財 昭和45年2月12日指定
 「松前国記録」「新羅記」ともいわれる。「新羅」は源頼義の三男で、新羅明神で元服した源義光(新羅三郎義光=甲斐武田家の祖)を意味し、上之国花沢館主「蠣崎季繁」の養嗣子となった「武田信廣」の出自である武田家が新羅三郎の流れをくむものであるから、蠣崎・松前家(※1)は武田の氏族であり、遡れば「源氏」であると書かれた系図と史書を兼ねた上下二巻の巻子本である。本町在住の個人が所蔵する本書は、正、副あるうちの原本で、今日残された北海道最古の歴史文献である。
(※1) 蠣崎氏は慶廣の代で松前姓に改姓した

なべつる岩(鍋釣岩)

なべつる岩の写真 奥尻町指定名勝 平成11年7月26日指定
 鮮新世(500万年前~200万年前)の地層を貫く安山岩で形成された奇岩。高さ63尺余(約19m)周囲55間5尺(約101m)の半円形の岩の中央部分が風浪により自然侵食され、鍋の「つる」のような形をしていることから「なべつる」と呼ばれる。岩の上向かって右手に生えている木は「ヒロハヘビノボラズ」。

宮津弁天宮

宮津弁天宮の写真 奥尻町指定有形文化財 平成11年7月26日指定
 奥尻港から車で約10分、宮津地区の北方海上に突出する弁天崎に建つ社。もともと島の拠点となる「番所」があった所で、社殿まで164段の急階段が伸びる。
 祭神は「澳津島毘賣命(おきつしまひめのみこと)」(後に「中津島姫命(なかつしまひめのみこと)(=市杵島比賣命(いちきしまひめのみこと)の別称)」・相殿「大海龍命(おおわたつみのみこと)」で、大漁祈願のため文政年間に芸州(現在の広島県西部)厳島神社から宗像三女神(※1)を奉遷して建立した。しかし、この神社は1841(天保12)年に釣懸(※2)に奉遷されたため、その後「中津島神社」と称されるようになった。
 宮津に在る弁天様を祀る神社(中津島姫命(市杵島比賣命=弁財天))から「宮津弁天宮」と呼ばれる。
 現社殿は大正2年に改築されたもの。

 

(※1) 宗像三女神(ムナカタサンジョシン)
  • 澳津島比賣命(オキツシマヒメノミコト) =多紀理毘賣命(タギリヒメノミコト)、田心姫命(タゴリヒメノミコト)
  • 市杵島比賣命(イチキシマヒメノミコト)=狭依毘賣命(サヨリヒメノミコト)、弁財天
  • 湍津比賣命(タギツヒメノミコト) =滝津姫命(タキツヒメノミコト)、田寸津比賣命 神格:海の神、航海の神

(※2) 現在の奥尻地区

お問い合わせ先

教育委員会事務局社会教育係
電話:01397-2-3890
FAX:01397-2-3891

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